ARDSとは、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome)の略で、心疾患とは関係なく、急性の経過(1週間以内)で発症し、低酸素血症を伴う呼吸器疾患の総称である。日本呼吸器学会によると、ARDSの原因は肺炎、敗血症、誤嚥とされているが、薬物療法が奏功する疾患とはされておらず、効果的な治療法が確立されていないのが現状である。小動物臨床においても、犬のARDSが報告されており、ヒト以上に高い死亡率を有する致死性呼吸器疾患として認識されつつある。
そこで、ヘルシンキ大学は、ARDSの病態を解明する一助となる研究として、急性の呼吸困難を呈したダルメシアンの遺伝子の解析を行った。研究には188頭のダルメシアンが参加し、得られた遺伝子配列をARDSと診断されたダルメシアンの全塩基配列と比較することで、調査が実施された。その結果、罹患犬ではANLN(常染色体劣性遺伝)という遺伝子が欠損していることが判明し、当該犬の肺組織の免疫組織学的染色によってANLNがコードしているアリニン-アクチン結合タンパク(Anillin Actin Binding Protein)が認められないことも明らかになった。
アリニン-アクチン結合タンパクは主に肺、腎臓、脳に発現し、細胞間結合に関与している。このタンパクが欠損すると、細胞骨格であるアクチンが機能できず、有糸分裂が障害されるため、気管支および肺胞上皮の再生機構が破綻することが分かっている。この状態(アリニン-アクチン結合タンパクの欠損)の肺では、呼気における肺胞からの空気の排出が妨げられ、呼吸困難に至ることになる。
今後は、ダルメシアン以外の犬種のARDSでも、上記の遺伝子欠損が起きているかについて、研究データを蓄積する必要性があると考えられる。また、ANLNが欠損しているダルメシアンでは、腎不全や水頭症を呈する症例も報告されていることから、アリニン-アクチン結合タンパクは腎臓および脳においても重要な役割をになっていることが示唆されているため、同タンパクの機能に関して更なる解析を行うことも大切である。そして、研究が進み、犬のARDSが完全に解明され、治療法または対策(ブリーディングの制限)が確立されると同時に、ヒトのARDSの治療法にも進展が見られるようになることに期待したい。

勤務されている動物病院で、呼吸器、腎臓、脳神経系にトラブルを抱えているダルメシアンがおりましたら、遺伝性疾患を疑ってみるのも良いかも知れません。
参考ページ:
http://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1006625


