飼っている動物が病気になったら、動物病院に連れていきますよね。動物病院には外科、内科、眼科など、さまざまな専門領域の獣医師がいますが、獣医病理医という獣医師がいることを知っていますか?
記事によると、獣医病理医の中村進一氏が、これまでさまざまな動物の病気や死と向き合ってきた中での印象的だったエピソードをご紹介しています。
<ふれあい展示の動物たち >
動物園や水族館、観光牧場などには、人が動物に直接触れたり餌をやったりできるエリアが設けられていることがあります。「ふれあいコーナー」あるいは「ふれあい展示」などと呼ばれるものですね。
ウサギを抱く、ポニーに乗る、アヒルやペンギンに餌をやる等々。動物たちの体温や鼓動に触れることは、訪れた人にとっても刺激的な体験です。 こうした「ふれあい動物」は、人と直に接する時間が長く、ときに動物の扱いに慣れていない人に触られることもあります。そのぶん、通常飼育されている動物よりも大きなストレスや健康上の負担が大きくなりがちです。
ぼくのもとには、ふれあい動物の病理解剖の依頼もしばしば届きます。モルモットとウサギが多く、ほかにもアルパカ、ミニブタ、カピバラ、ヤギ、インコ……今回はそんな依頼のなかから、それぞれ異なる経過で最期を迎えた1羽のアヒルとウサギのケースを、ご紹介しましょう。
ある動物園の若い飼育員さんから、「ふれあい展示で飼育していた15歳のオスのアヒルが、突然死んでしまいました。人に感染する病気が原因だったらいけないので、病理解剖をしてもらえませんか」という依頼がありました。
実際、過去に日本国内では、鳥類展示施設で飼育されていた鳥から人へのオウム病の集団感染や、観光牧場のウシから人への腸管出血性大腸菌の感染が報告されています。この動物園には獣医師が常駐しておらず、飼育員さんは、普段から動物の健康管理について不安を抱えていたそうです。
<野生の鳥にはない「病」>
遺体を受け取って、病理解剖を始めます。遺体にメスを入れる前に、まずは外観をくまなく観察します。肉付きがよく、栄養状態は良好そう……ただ、両方の足の裏に「趾瘤症(しりゅうしょう)」がありました。 趾瘤症とは、鳥の足の裏に起こる慢性の炎症です。まず、足の裏に魚の目やタコのような皮膚の硬化が起き、やがて傷や潰瘍をつくります。そこに細菌が感染すると、炎症は足の深い部分へ広がり、膿がたまったり肉芽組織ができたりします。重症化して、骨髄炎や全身感染に至ることもあります。
動物園などでは、患部に包帯を巻いたりクッションのようなものを当てたりして対処します。しかし、足は常に体重のかかる場所ということもあり完治が難しく、再発も少なくありません。片方の足が痛くなるともう片方の足に体重をかけるようになり、その結果、両足とも悪くなってしまうこともあります。 実は、野生の鳥では趾瘤症をほとんど見ません。つまりこれは、動物園などで飼われている鳥に特有の病気です。
飼育下の鳥は、コンクリートなどの硬い床の上で長時間過ごしています。また、閉鎖的な空間では運動不足になりやすく、餌にも困らないため太りやすくもあります。こうした要因が重なって、野生の鳥よりも大きな負担が足の裏にかかるのでしょう。
さて、解剖を進めていくと、お腹の中から大きな白っぽい肝臓が出てきました。
通常、肝臓は、みなさんが知っている「レバー」のように赤黒い色をしています。ところが、その肝臓は白く、テラテラとしています。脂肪肝です。アヒルやガチョウの肝臓を肥大化させてつくる「フォアグラ」という食材がありますが、まさにそのような見た目です。そして、脂肪肝の表面には大きな亀裂が入っており、そこに血の塊が付着していました。
高度の脂肪肝になると、肝臓はもろくなります。このアヒルは、もろくなった脂肪肝が破裂し、大量出血を起こした結果、失血死したのだと考えられました。ふれあい展示という比較的狭い場所で飼育されていたため、運動不足になり、体重管理も十分ではなかったのでしょう。その結果、肥満になり、脂肪肝も起こしたとみられます。また、十分な水場がなければ陸上で過ごす時間が長くなり、足への負担が増えます。体重の増加と陸上で過ごす時間の長さが重なり、趾瘤症の発症につながったのだと思われます。
アヒルの寿命は10〜20年とされていますから、15歳という年齢は長生きと言えます。それでも、適切な体重管理や飼育環境の見直しが行われていれば、もう少し長く生きられたかもしれません。趾瘤症の状況を見るかぎり、足の痛みは長く続いていたようです。大切に飼われていたとは思いますが、QOL(生活の質)の点では、あまり好ましい状態ではなかったと言えます。
<最期にリンゴを食べて… >
次は、14歳のオスのウサギのケースです。こちらは、別の動物園に勤める40代の獣医師さんからの依頼でした。このウサギも先のアヒルと同じく、ふれあい動物として長年飼育されていました。「人によく慣れており、掃除や給餌のたびに近づいてきて、なでてほしいと催促するような子だった」といいます。このウサギには、かねて「不正咬合(ふせいこうごう)」という歯の病気がありました。
ウサギの歯は、私たちの髪の毛と同じように、生涯伸び続けます。通常、硬いものを咀嚼(そしゃく)することで適度にすり減っていきますが、何らかの理由で歯が過剰に伸びてしまうと、頬や舌の粘膜を傷つけて、痛みを引き起こします。不正咬合は完治が難しく、継続的なケアが必要になります。このウサギも、獣医師さんが定期的に歯を削って管理していたそうです。
ただ、不正咬合以外に大きな健康上の問題はなく、元気に過ごしていました。ウサギの寿命は一般に5〜10年とされますから、14歳まで生きたこの個体は、相当うまく飼われていたのでしょう。高齢になっても、無理のない範囲で「ふれあい展示」に出ていたそうです。しかし、13歳を過ぎた頃から少しずつ食欲が落ち、14歳になってからは餌をほとんど食べなくなりました。
獣医師さんが血液検査をしましたが、異常は見つかりませんでした。いよいよ先が長くないというときになって、大好物だったリンゴを与えたところ、ウサギはおいしそうに食べたそうです。そして、その数日後、静かに息を引き取りました。
<14歳のウサギの死因>
病理解剖を行うと、事前に聞いていたとおり不正咬合がありました。しかし、やせていたことと加齢による組織の変化を除けば、死因となるような目立った病変は見つかりません。総合的に考えて、高齢による自然死、すなわち「老衰」だと考えられました。ただし、病理診断としては、老衰をそのまま死因とはしません。病理診断書には、不正咬合や、加齢性の臓器の萎縮や色素沈着、線維化など、観察された所見を記載し、そのうえでコメント欄に「老衰で亡くなったと考えられます」と書いて、依頼者さんにお渡ししました。
亡くなった動物が高齢であり、生前や死亡時の状況に大きな異常は確認されず、死因となる目立った病変が見つからないとき、ぼくは病理解剖の依頼者さんに「老衰で亡くなったのでしょう」とお伝えするようにしています。そう伝えなければ、依頼者さんには「飼い方が間違っていたのだろうか」「なぜ死んでしまったのだろうか」という不安や後悔が残ります。そうした気持ちを少しでも和らげ、安心してもらうためです。
ウサギが亡くなる直前にリンゴを食べさせたのは、よい判断だったと思います。人を含め動物が亡くなるまでの過程には、予防や治療を優先する段階と、QOLを優先する段階があります。
若いウサギにリンゴばかりを与えるのは好ましくありません。ウサギは偏食しやすく、一度リンゴのような好物を覚えると、その後はリンゴしか食べなくなってしまうことがあるからです。しかし、もはや先が長くないと判断された段階では、好きなものを食べさせることが、その動物にとってよい時間になることもあります。 依頼者さんには、「最期に、なついていた人の手から好きなリンゴを食べられたのは、よかったと思います」ともお伝えしました。
<ふれあい展示で考えたいこと>
アヒルもウサギも、大切に飼われていました。依頼者のお2人からも、「動物の死をそのままにせず、今後のための学びにしたい」という前向きな姿勢も感じました。しかし、アヒルは健康管理が行き届かないまま、亡くなる直前まで足の痛みを抱えていました。一方のウサギには不正咬合がありましたが、獣医師さんによって継続的にケアされ、最期には好物を食べ、静かに息を引き取りました。 動物たちにとって、ふれあい展示は基本的に負担です。人に触られたり、餌を過剰に与えられたり、狭い場所で過ごしたり……そうした飼育環境は、しばしば病気を引き起こします。
もっとも、ふれあい展示のすべてが悪いとは思いません。私たちが動物に直接触れ、その体温や鼓動を感じることは、命の大切さを学ぶ入り口になるでしょう。動物を飼えない家庭の子どもにとっては、動物とのふれあいが生き物を知る機会になります。養われた動物愛護の心は、将来、より多くの動物を大切にするでしょう。
ただし、そのような教育的意義は、人が動物に大きな負担をかけてよい理由にはなりません。ふれあい展示の運営側は、動物たちの負担をできるだけ減らす努力をしなくてはいけません。
例えば、人慣れした個体を用いたうえで、触れあえる人数と時間を制限し、動物には休憩時間を必ず与える。餌やり体験は、動物が口にしている餌の量を把握し、調整する。さらに、通常の飼育以上に、健康状態を注意深く観察する。獣医師が常駐していない施設であっても、何かあればすぐに相談できるかかりつけの獣医師を確保しておく。多くのきちんとした施設では、このような管理が徹底されています。
<「かわいい」だけではない>
そして、お客として楽しむ私たちにとっても、ふれあい展示は、単に「かわいい」「癒やされる」で終わる場所ではなく、目の前にいる動物がどのような環境で飼われ、どのような負担を引き受けているのかまで考える機会であってほしい。そのうえで、動物の生態を知り、私たち人との違いも感じて「命」について考えるきっかけになれば、より良いと思います。
そして、お客として楽しむ私たちにとっても、ふれあい展示は、単に「かわいい」「癒やされる」で終わる場所ではなく、目の前にいる動物がどのような環境で飼われ、どのような負担を引き受けているのかまで考える機会であってほしい。
https://toyokeizai.net/articles/-/948525?display=b
<2026/06/21 東洋経済オンライン>
獣医病理医という獣医師 ふれあい展示の動物の病理解剖から考えたいこと(写真と記事は関係ありません)



