トラネキサム酸は、合成プラスミン阻害剤に分類されており、血液凝固系によって生成されたフィブリンの分解を担うカスケード(線溶系)において、プラスミノーゲンの活性化(プラスミンとしての作用)を阻害することで、止血効果を発揮する薬剤である。つまり、同剤は、ヒトや動物の血液が固まり、やがて役目を終えてその凝集塊が消失していくメカニズムの中で働く性質を有しているのだが、小動物臨床では、全く異なる視点から、このトラネキサム酸の副作用を大いに活用して、催吐処置(静脈注射)に使われることが広く一般的に知られている。
だからこそ、おそらく、止血剤でありながら「吐かせるために」多用される点において、素朴な疑問を抱く獣医師・動物看護師の皆様がおられるのではないだろうか。
『トラネキサム酸による催吐処置を施された動物の凝固線溶系には問題は起きないのか?』
ここに、血液学的解析という真剣な向き合い方で、一つの回答を出した研究がある。
それは、スイスのチューリッヒ大学によるもので、別件にて制吐剤の効果を検証するために催吐処置を適応した臨床上健康なビーグル8匹の血液凝固系および線溶系を、DICの発症リスクをも明らかにできるトロンボエラストメトリー(thromboelastometry、TEM)を用いて分析するといった内容であり、同大学によると、トラネキサム酸は凝固系を亢進することはなく、「安全に」催吐処置に使用できるという結果が得られたとのことである。
上記のことから、止血剤として製品化されたトラネキサム酸は、「副作用で嘔吐」という認識から脱却し、「催吐剤としての効能」に着目して、且つ、「催吐作用の機序」を明確にして、再評価を受けることが望ましいのかも知れない。
参考ページ:
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31145679